50年前のピアノ

母が実家にあるピアノを処分したいからシリアルナンバーとかを調べて欲しいというので、超久しぶりに開けて見た。ヤマハのアップライトピアノ、昭和41年製…私6才。平成13年が最後の調律と記録されていたから、ほぼ15年ほど放置。この前開けたときはたしかダンパーが張り付いて上がらなかったように記憶していたのだが、それほどのことはなかった(季節や湿気のせいか?)。低音のほうで2つほどハンマーが動かない鍵があったけど、すこし動かしてやったら(たまにもたれることはあるものの)なんとか動くようになり、まあまあ普通に弾けるように。調律も多少ホンキートンク気味ではあるけれどそれほどひどくはなさそう。

で、おそろおそる弾いてみたのだけれど、第一印象は「生ピアノってこんなに音がでかかったっけ!?」

最近触るのはほとんどデジタルピアノで、ボリュームを上げればデカイ音は出るけど、それはやっぱりスピーカーから出る音で、目の前の楽器が鳴っているという感じはない。ライブハウスとかで聴く生ピアノは違うけれど、客席で聞いているから距離感がちがうし、PAも通っているから完全な生音ともちょっと違う。たまにスタジオとかで生ピアノがあるけれど自分ではほとんど触らないし、部屋は広くてデッドがちで他の楽器もあるからそんなにピアノの「音色」を気にしたことはなかった。
ところが、実家(普通の家)の普通の居間においてあるピアノの前に座って、自分の指で弾くピアノの音は「デカイ」。それも音量ではなく、なんというか「音場」が大きく広がり包み込むような感じ。縦横2mちかい箱全体が鳴っているわけで、スピーカーの「点」から出る音とは全然違う。これは昔ウッドベース(コントラバス)のE解放をドンッと弾いたときの響きとも共通した感覚で、それなりの大きさのある生楽器特有の響き方なのかもしれない。まあ、エレキでもアンプ(スピーカー)の壁で直接大音量を出すのと、ひとつのアンプスピーカー+PAで出すのとの違いに近いのかも(経験はないけど^^;)。

さらにすこし弄っていて感じたのは、やっぱりダイナミックレンジの広さ。強く叩くと強く叩いただけ音がでかくなるのは当たり前として、やっぱり違うのは弱く弾いたとき。鍵盤をできるだけ弱く、ゆっくり弾くと…最小は「音が出ない」(笑)。物理的にハンマーが弦まで届かないか、届いていても触るだけなので弦が振動しない。電気スイッチだとどこまで弱く行ってもとにかく鍵盤を押し込めば最後は「ON」になるので、出せる範囲の最小音量で音が出てしまうのだけど、生のハンマーは弱すぎると完全に無音…つまり究極のピアニシモは「音が出る範囲での最小音量になるように打鍵をコントロールする」わけで、「ただ弱く弾くだけではない」ということを改めて認識。

こうやって考えると、小さい頃にそういう生の音に触れていたことはなんだかんだいって影響しているような気がします。最近はかなりデジタルが多くて、生楽器を触ったことのない子供も多いのではないかと思うのだけれど、できればピアノの音は生を、それもコンサートとかで遠くで聞くだけではなくできれば自分で鍵盤を叩いて出てくる音を聞くという体験は大事なのではないかなー、と思ったのでした。

ちなみに件のピアノですが、両親が私のちょこちょこと弾く昔の曲とか童謡とか懐メロとかを聞いているウチにやっぱりいろいろと惜しくなって(笑)、結局処分するのはやめることになりました。…このパターンも何度繰り返したことか(^^)

50年前のピアノ」への2件のフィードバック

  1. アリ

    よっぽど邪魔なんじゃなきゃ、持ってればいいと思うよ。
    レズリーなども、その音場にいないとわからない広がりがあって、録音されたものとは違う。
    今の時代、なんだかサンプリングの音でもいいという人結構多いんだろうね。
    現実の空間音に対する耳が弱ってるかもね。

    1. TOMO sakuray 投稿作成者

      ここ数年母が言い続けていた処分話を、案の定(^^;)あきらめた両親のコメント。母「やっぱりピアノの音色はいいわ〜」父「このピアノの音を聞くと色々なことが思い出される。もう記憶の一部だから、オレが生きてる間は置いておく!」
      両方知っていて、とりあえず便利なサンプリングの音でいいというのはありだと思うのですが、それでもたまに生音を聞くと違いは歴然。特にソロ演奏なんかはやっぱり別物です。
      ライブに初めて来た人が驚くのも、やっぱり空間音の広大な広がりとダイレクトさ、無限大から無限小までのダイナミックレンジの広さなんでしょうね。大きな音の楽器に限らず、小さな音しかでない楽器でも、耳をすまして聞き入る生音には同じモノがあると思います。
      生音、大切にしましょう!

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